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名古屋高等裁判所 昭和57年(ネ)422号 判決

控訴人

青山史朗

右訴訟代理人

東浦菊夫

広瀬英二

被控訴人

合資会社サクラヤ化粧品店

右代表者

加藤喜代次

右訴訟代理人

杉山幸平

主文

本件控訴を棄却する。

被控訴人は、控訴人から金一五〇〇万円の支払いを受けるのと引換えに、控訴人に対し原判決別紙目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明け渡せ。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実《省略》

理由

一本件土地の所有者であつた尾藤末雄は昭和二六年一一月被控訴人に対し本件土地を普通建物所有の目的で期間の定めなく賃貸してこれを引き渡したこと、そこで被控訴人は爾来本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有していること、控訴人の父青山惣吉は昭和三六年六月二二日尾藤から本件土地を買い受けてその賃貸人たる地位を承継したこと、本件賃貸借の期間は昭和五六年一〇月三一日の経過により満了したこと、惣吉は昭和五七年一月三〇日死亡したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、控訴人が相続により本件土地の所有権を取得してその賃貸人たる地位を承継したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二控訴人は、被控訴人の本件土地に対する使用権は実質的には使用貸借に基づくものと認定されるべきである旨主張するので、まずこの点について判断する。

なるほど〈証拠〉によると、本件土地の賃料は、賃貸借期間満了時における明渡しを期待して、控訴人側から増額の意思表示がなかつたため、尾藤が賃貸人であつた頃の一か月金一万二〇〇〇円のままであるところ、本件土地の公租公課は昭和五四年以降は各年間金二〇万円を超えており、昭和五九年は金二三万四一二〇円であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、本件土地の賃料は公租公課金にも満たない低額なものであることが明らかであるが、これは控訴人及びその先代惣吉が賃貸借期間満了時における明渡しを期待して、賃料増額請求権を行使しなかつたことによるのであるから、右賃料が低額であり、被控訴人において任意に増額していないことを捉えて、本件土地の賃貸借が実質的には使用貸借であるとか使用貸借に更改されたものと認めることはできない。

したがつて、控訴人の右主張は採用できない。

三次に控訴人は、本件賃貸借は目的到達により終了した旨主張するので、この点について判断する。

〈証拠〉によると、被控訴人は本件土地上に本件建物を建築し、同所で化粧品の販売業を営むため本件土地を賃借したものであるが、被控訴人の代表者は現在はもちろん将来においても本件建物でその営業を継続する考えでおり、これから得られる収益により一家の生計を維持しているものであつて、盆栽に凝つてはいるものの、趣味の域を出ないものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によると、本件賃貸借が目的到達により終了したと解することはできない。

したがつて、控訴人の右主張も採用できない。

四そこで、更新拒絶の成否について検討することとする。

1  本件賃貸借が期間満了した際、被控訴人が本件建物を所有して本件土地の使用を継続していたので、惣吉が被控訴人に対し遅滞なく異議を述べたことは、当事者間に争いがない。

2  よつて、進んで正当事由の存否について判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)控訴人は岐阜市日ノ出町二丁目において「ふさや」の屋号で婦人用和装小物店を営むものであるが、同店は明治末年控訴人の祖母の創業にかかり、昭和七年頃より控訴人の父惣吉が現在地において店舗を賃借していたところ、終戦後同所の土地所有者が都市計画により川口善一郎に替わつたのを機会に、同人との間で昭和二三年七月七日成立した調停により、期限を昭和四〇年一二月末日と定めて右店舗の敷地を賃借した。(2)惣吉は、いずれ右土地を川口に明け渡す場合に備えて、昭和三六年七月一〇日右店舗の筋向いに位置する本件土地を尾藤末雄から買い求めた上、同年一二月一六日被控訴人に対しその明渡しを求める調停の申立をし、それが不調となるや、明渡しを求める訴訟も提起したが、右訴訟は昭和四二年七月二五日上告棄却によつて惣吉の敗訴判決が確定した。(3)一方、惣吉は川口から「ふさや」の店舗について建物収去土地明渡しの訴訟を提起され、第一審では勝訴したが、昭和四七年三月三日控訴審である名古屋高等裁判所において、川口との間で本件土地の賃貸借期間の満了に合わせて、昭和五六年一一月末日までに、または仮に被控訴人との間の明渡手続に日時を要する場合には、それに要する期間を考慮して遅くとも昭和五九年一一月末日までに明け渡す旨の和解を成立させた。(4)惣吉は本件土地の賃貸借期間満了時における明渡しを期待して、賃料増額の要求をしないばかりか、賃料そのものを一切受領せず、昭和四八年一月二六日付及び昭和五二年一月二一日付内容証明郵便をもつて明渡しを予告した外、昭和五一年から昭和五二年にかけて被控訴人の移転先について二か所紹介し、また昭和五八年暮から翌昭和五九年にかけて数か所の移転先を紹介し、その中には現店舗の四軒北隣りに存する店舗も含まれていたが、被控訴人はいずれも条件等に難色を示し、真剣に取り組もうとしなかつた。(5)惣吉は日ノ出町の店舗の外、昭和四六年四月以降新岐阜百貨店にテナントとして出店しているが、同店では従業員を三名使用し、経費も多く、利益を上げるに至つていない。(6)控訴人はいわゆる西柳ケ瀬と称せられる地区の西方に位置する岐阜市柳ケ瀬通六丁目一二番に土地を所有して、同所に鉄筋コンクリート造三階建の建物を所有し、右建物の一階を大衆割烹「酒蔵菊川」に賃貸し、二階及び三階を住居として使用しているが、いわゆる西柳ケ瀬地区は八〇パーセントまでがサービス業種であり、その内七〇パーセントは風俗営業であつて、昼間の通行量が少ないため、中小企業診断士によつて、控訴人が右建物において婦人用和装小物店を営むのは不適当であると診断されている。(7)これに対し、被控訴人が所有する本件建物は、その現況が木造三階建であつて、一階は化粧品の販売店舗となつており、二階は顧客のためのメーキャップサービスルーム等に、また三階は事務室及び在庫室として使用されている。(8)被控訴人の代表者は二〇年余り前岐阜市雲雀町一丁目一七番二に土地を買い求めて、現在同所に鉄筋コンクリート造五階建の建物を建築所有し、一階は商品倉庫として使用している外、二階以上は住居となつているが、同所は西柳ケ瀬通りから南へ通りが二本離れていて、ラブホテル街に位置し、中小企業診断士によつて、同所は化粧品店として不適当という立地診断がなされている。(9)なお、控訴人は当審に至つて正当事由の補完として金一五〇〇万円の立退金を支払う旨の意思表示をした。ところで、昭和五六年一一月三〇日の時点において、本件土地の価格は金二四五一万五〇〇〇円、本件建物の価格は金一二八万七〇〇〇円、本件土地の借地権価格は金一二二五万七〇〇〇円と評価されている。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する〈証拠〉は前掲各証拠と対比して信用することができず、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

右認定事由に基づき、控訴人及び被控訴人の双方の事情を比較衡量すると、双方が他の場所でその所有使用している土地建物においてそれぞれの営業をするのは立地条件からみて不適当であつて、本件土地を使用する必要性は控訴人の方が被控訴人よりも明らかに勝るものとはいい難いというべく、控訴人が無条件で本件土地の明渡しを求めるには正当事由が未だ具備しているとは認め難いが控訴人が本件賃貸借の期間満了時における本件土地の借地権価格及び本件建物の価格を上回わる金一五〇〇万円の立退料を支払う旨の意思表示を表示したことにより、この条件を付加すると、借地法六条二項に規定する正当事由が具備するに至つたものというべきである。

五以上の次第で、控訴人の被控訴人に対する主位的請求は失当としてこれを棄却すべきであるが、控訴人の予備的請求に基づき、控訴人が立退料として金一五〇〇万円を支払うのと引換えに、被控訴人は控訴人に対し本件建物を収去して本件土地を明け渡すべきものというべきである。

よつて、控訴人の主位的請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、控訴人の当審における予備的請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条前段、九二条本文、八九条を適用し、なお仮執行宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(山田義光 井上孝一 喜多村治雄)

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